自然と触れ合う教育に興味があることから、親子でモリウミアスに10回以上足を運んでいるという一木典子さん。一木さんは母親であると同時に、JR東日本のとあるプロジェクトのグループリーダーを務めるビジネスパーソンでもあります。そんな一木さんの目から見たモリウミアスの価値、こども、地方や未来への思いを、母親として、ときに働く女性としての視点でお話しいただきました。穏やかな笑顔がとても印象的でした。

その土地の日々の営みを共にすることで、背後にある繋がりに気付く

――最初に一木さんがモリウミアスに出合ったきっかけを教えてください。

現在16歳と11歳になる息子がいるのですが、以前から自然と触れ合う教育に関心があったので、長男が幼い頃から清里やくりこま高原の自然学校によく行っていました。2015年にモリウミアスが開業したタイミングで友人や同僚がフェイスブックに情報を上げているのを見て、それに近しいものが石巻にできたということで気になっていたんです。そこで、2016年の春休みに2泊3日のプログラムに申し込んで、小学2年生だった次男と一緒に参加したのが最初です。

その時は、こどもたちはワカメ獲りや動物のお世話、食事の準備をして、大人は参加者同士おしゃべりをしてお酒を飲み、のんびりしながらも自然を満喫して、こどもも親もとても楽しめたのを覚えています。それ以来こどもたちは12回、私も10回ほどモリウミアスに足を運んでいるので、かなりのヘビーユーザーですね(笑)。

――すごいですね! それだけリピートされる理由は何でしょうか?

モリウミアスでは、例えば「山歩き」とか「川遊び」のように、都会のこどもに“アトラクション”的に体験を提供するのではなく、朝起きたら掃除をして、食事の支度、畑の手入れや動物のお世話、地元の漁師さんと一緒に魚を獲るなど、その土地の日々の暮らしや営みを共にできますよね。

アトラクションだと、イベントリーダーのような方がいて与えすぎてしまうのですが、モリウミアスのようにスタッフの方をはじめ滞在している海外のアーティスト、地域の会長さん、漁師さん、震災復興活動をする方々など、そこに生活している人の暮らしの営みを共有することで、「ああ楽しかった!」と満足して終わるのではなく、こどもたちはその後の生活にもち帰ることができる大切な要素を、大人が注目しがちな“コンテンツ”ではなく、“コンテキスト”から感じ取るのだと思います。そこが、モリウミアスの素晴らしいところだと感じています。

――これまでに色々な場所を見られてきたからこそわかる価値ですね。

都市に暮らしていると、野菜や魚はスーパーで売られているので、お金を出せば手に入るとこどもは思いがちです。でも実際は、お金があっても生産者や漁師の方がいなければ、野菜も魚も得ることはできません。都市の生活は都市だけで成り立っているわけではなく、その背後にある当たり前の繋がりや営みを知ることは、今の暮らしの豊かさを持続させるためにも、今ある資源を未来に繋いでいくためにもとても大切です。

それ以外にも、コミュニケーション力や挑戦心、思いやり、創造力、プロフェッショナリズム、自然との共生。お金を払っても手に入らない大事なものが、実は地域の営みの中にあることを学校の教室ではなリアルなフィールドや関係性の中で験として理解することは、すぐにわかりやすい成果には繋がらなくても、こどもが将来何かを選択する上での重要な価値基準になるはずです。

中学1年生の時にモリウミアスのプログラムに参加した長男が、「小学3年生の子が海外アーティストの話す英語を通訳してくれた」と、とても衝撃を受けて帰ってきました。その後、長男は高校1年生の夏休みにオーストラリアに行ったのですが、自分で決めた背景には3年前のモリウミアスでの経験があったからで、そうした出来事が積み重なってある時行動になるということは強く実感しました。

 

モリウミアスはこどもの環境をつくる親世代にこそ行ってほしい場所

――モリウミアスはこどもにとって価値ある環境である一方、子育てをする親世代も得られる気づきや学びがあると思うのですが、母親である一木さんの目から見ていかがですか?

モリウミアスでは基本的に親子が離れて数日間過ごすので、普段の暮らしの中だけではわからないこどもの強みに気付くことができますし、いい意味で都会のように全てが揃っていない分、こどもにどんな環境を与え、つくっていきたいかという親の意識や視野も広がります。だからこそ、親世代にもモリウミアスで豊かな自然と思いをもって生きる人々に出会ってほしいと思います。

もちろん、大人自身も得られるものが多いです。例えば、自然の中での活動で身体がぶ、都会や組織のストレス・プレッシャーから解放される、多様な大人同士の交流から異なる視点を得られる、都会や組織で「当たり前」と思っていたことが、実は自分自身の「心地よさ」や「豊かさ」とはギャップがあることに気付くことができる。モリウミアスのような環境で都市や組織の思い込みを放電・中庸化し、ヒトの内なる感覚を取り戻すことは、正解のない時代にビジネスパーソンが価値創造に取り組で、とても大切なのではないでしょうか。

――母親であると同時に、一木さんはビジネスパーソンでもあります。

実際に、私もモリウミアスでの気付きが今の仕事で伝えていきたいこととかなりリンクしています。現在JR東日本で、「東京感動線」という長期プロジェクトに昨年から携わっていますが、これは山手線沿線のリブランディングをして、都市生活者に個性的で心豊かなライフスタイルや生活空間を提案していくものです。具体的には、都市での自然探索の提案や食の交流拠点の創出、沿線のまちで暮らし営む人にフューチャーしたメディアの創刊などを行うことで、山手線を単に移動手段と捉えるのではなく、人生を豊かにする存在と感じて頂くための体験まで提案するコミュニケーションデザインです。

――情報発信だけではなく、実際に体験してもらうことで共感を生むのですね。

ゆくゆくは、より豊かなライフスタイルのために「都市での自然探索に加え、「都市と地方の多様なつながり方」のような提案もできたらと考えています。私自身これまでに大分をはじめ群馬、新潟、岩手、宮城など、色々な地方に住み東京との2拠点生活を送った経験もありますが、東京だけではない暮らしの方が、こどもにとっても都市生活者にとっても豊かだと実感しているんです。

都会や大企業の中にいると自分の元来の感覚に鈍感になってしまいがちですが、モリウミアスのような自然の中に数日いると、戻ってきた時に違和感を感じます。都会の中で無意識に慣れてしまったことや麻痺した感覚をリセットするのが地方であり自然だと思うので、豊かな感覚を取り戻すという意味で、日々いろいろな人が利用する山手線だからこそ、そこから提案・発信していく価値があると思っています。

様々な大人との関わりの中で、自分らしい未来を選択する力をつける

――こどもたちの未来を豊かなものにするために私たちができることや、一木さんご自身が心がけていることはありますか?

例えば、私の世代は、仕事を選ぶときに親の影響を強く受けている人が多く、その意味で職業選択の幅はに広いとはえなかったようにいます。右肩上がりの時代はそれでよかったのですが、これから時代が大きく変わる中で、親の影響から無意識に何かを選ぶ状況は心配です。今の時代を生きるこどもに必要な力は、然るべき時に必要な選択肢をもてること、そこからさらに自分らしい選択ができるリテラシーを身につけることだと思うんです。大人ができることは、そのための環境やきっかけをつくること。私が心がけているのは、こどもに親や学校の先生以外の、多様なバックグラウンドの大人と触れ合ってもらうことです。親や先生だと無意識に上下関係が働いてしまうので、もう少しフラットな関係性になれる大人との関わりが多い方がいいと思っています。

そしてもう一つ常に意識していることが、親の背中を見せること。親が望むことをこどもに“させる”のはエゴなので、もしそれがいいとうなら親自身が行動で示し、こどもに「そうありたい」と感じてもらうしかないと思っています。そのために何か新しいことに挑戦する、人との関係性や対話を大事にする、ける、社会がよくなるために小さなことでもアクションを起こすなど、私自身が「こうありたい」と思う生き方を選択するようにしています。

――この先30年後や50年後、一木さんは子どもたちの未来がどんなものになっていくのが理想ですか?

地球の歴史からみれば人生は一瞬です。だからこそ、その短い時間軸ではなく、受け継いだものを未来に継承できるよう、「サステナブル」に価値が置かれる未来であってほしいです。個人的にはサステナブルに対する感性を磨くのは、幼い頃の自然体験だと思っています。何かが失われることに危機感を抱いたり、感度の健全性を養うには、原体験として何があるかはとても重要ですよね。

今のこどもは習い事、塾、学校の宿題と、とても忙しいです。私がこどもの頃もたくさんの習い事をしていましたが、恥ずかしながらほとんど記憶に残っていません。鮮明に残っていることといえば、キャンプに連れて行ってもらったことや海で泳いだこと、学校から帰って山の斜面に洞穴を掘りに行ったこと、通学路のみかん畑でみかんを取って叱られたこと(笑)。そんなことばかりです。振り返ればこどもの頃は当たり前のように自然との接点がありました。

この先、テクノロジーの進化で人の手や力が必要とされることが減ってしまうかもしれませんし、どんな社会になるか予測はできません。その中でも、人として幸せに暮らすために一人ひとりが主体的に関わり、ちゃんと平和な社会を築いている。何より、そんな未来であってほしいと願っています。

一木典子
東京都生まれ。1994年慶應義塾大学総合政策学部卒業、JR東日本に入社。不動産、法務、事業再編、地域活性化などの担当を経て、現在は、山手線プロジェクトのグループリーダーを務める。幼少から家族や自身の転勤で、ブラジル、大分、群馬、新潟、岩手、宮城に暮らしたほか、東京との2拠点生活の経験も長い。夫と、16歳、11歳の2人の息子の4人家族。

撮影/永峰拓也 文/開洋美