「パーマカルチャー」という言葉を知っていますか? パーマカルチャーは、「パーマネント(永久の)」と「アグリカルチャー(農業)」、または「カルチャー(文化)」を組み合わせた言葉で、“永続的な農業をもとに、永続的な文化を築いていく”という概念やそのデザイン手法です。人間の暮らしが環境破壊を引き起こすのではなく、自然と人間がともに豊かなになる仕組みをつくりだしていくことが、パーマカルチャーの考え方。そんなパーマカルチャーを、八ヶ岳南麓の雑木林にあった一軒家を開墾し、家族で実践・提案するのが、ソイルデザインの四井真治さんです。モリウミアスではパーマカルチャーデザインを担当し、石窯や校庭のビオトープなどをつくっていただきました。今回は山梨県北杜市の四井さんのご自宅を実際に案内してもらいながら、ご本人のバックボーンからパーマカルチャーができること、未来やこどもたちへの思いを熱く語っていただきました!

「自然の循環」が人と環境を豊かにする

――四井さんは福岡県の北九州市でこども時代を過ごされたそうですが、どんなお子さんだったんですか?

子どもの頃は家の周りを駆けずり回って遊んでいました。近くの貯水池に椎の実を拾いに行ったり、丸太を束ねたいかだをつくって池に浮かべたり、家の隣が森だったのでツリーハウスをつくったり。当時は池に「立ち入り禁止」のような看板もなかったので、遊び場はたくさんありましたよ。僕は昔から動物が好きで、あるとき「アヒルが飼いたい」と言ったら、父親が庭にアヒル小屋や池をつくってくれたこともありました。父は半公務員だったんですが、日頃からそんなことを一緒にやってくれる人でした。環境も、庭にタヌキが来るような本当にいい環境だったんです。

――いいこども時代だったんですね。自然が好きなのはご両親の影響でもあるんですか?

父は漁師の家系ですが、母は農家育ちだったので、堆肥をつくって庭に果樹を植えたり動物を飼うということは当時からしていて、僕もそれを見て育ちました。両親が庭にたくさんの木や果樹を植えていたのは今でいうフォレストガーデン(持続可能な森のデザイン手法)の考え方だし、実は幼い頃から「パーマカルチャー」に触れて育っていたんですよね。昔は果樹がバサッと落ちるのが首が落ちるようで、果樹を植えるのは縁起が悪いとされていたのに、うちの両親は「いいんだいいんだ」って気にせず植えてました(笑)。

あとは釣り、裁縫、自転車のパンクの修理方法なんかも母に教わって、本当に両親の影響は大きいです。暮らしの中でいい経験をさせてもらったことが、いまの自分に繋がっているんだと思います。そう考えると、幼い頃の経験は本当に将来のいろんなことに繋がるんですよ。だから僕は、両親以上のことを自分のこどもたちにやってあげたいという思いで接しています。

――幼い頃から「パーマカルチャー」に触れていたということですが、いま四井さんはパーマカルチャーデザイナーとして活動されています。パーマカルチャーって一般的に聞き慣れない言葉だと思いますが、わかりやすく教えてください!

ひと言でいえば、「自然の仕組みの中で生きる方法をデザインする(考える)」ことです。自然の循環を暮らしの中で繰り返していくことで、環境汚染や自然破壊を引き起こすのではなく、人間も自然も豊かになるような持続可能な仕組みをつくりだすことができるんです。

――なんだか素晴らしい仕組みですが、「自然の循環」ですか?

例えばこの石窯ですが、灰にはちゃんと意味があります。木の根っこが土中のミネラル分を吸収するので、薪を焚くことで出る灰は生き物が集めたミネラルです。昔は灰を畑に撒いていましたから、人が火を利用すればするほど畑のミネラル分が増えることになっていた。

ところが、ちょうどガスや石油が普及した昭和20~30年代くらいに、農業で害虫や病気が流行りはじめました。人間のうんちやおしっこも、下水道が普及したことで江戸時代のように堆肥となって土に還ることがなくなった。それが畑にいろんな弊害を引き起こしたんです。昔は人が生きることがそのまま資源やエネルギーを集めることに繋がっていたし、人間もほかの命と同じように生態系の中で循環を担っていたのに、いまはそれがなくなり、環境を壊してしまっている状態です。

うちの家も、木と石と鉄。全て自然に還る素材でできています。そうすれば弊害がないですよね。少し前に、初めて人間の排泄物からプラスチック片が出たことがニュースになりましたが、海、山、いろんなところがプラスチックに汚染されていることにやっと人類が気づいた段階です。本当はものをつくるための素材、流通経路、つくり方、全てパーマカルチャーの考え方をもとにデザインできるはずなんです。

――昔は人間が自然にやっていたことなのに、それができなくなって環境まで壊してしまっているんですね……。そんな社会の仕組みを変えることを視野に入れて四井さんはパーマカルチャーを実践されていますが、いまのような道に進もうと思われたのは何かきっかけがあったんですか?

もとを辿れば故郷の北九州なんですが、僕が高校生の頃に開発の話が出て、それが本当にショックで。今は池も埋め立てられて大学都市になり、森だったところはホームセンターになっています。その時に環境意識が芽生えて、信州大学の農学部森林科学科(当時)に進学しようと考えました。そして大学でビル・モリソンという人が書いた『パーマカルチャー』という本に出合って、「こんなにおもしろいライフスタイルの設計の仕方があるのか」と思ったんです。

卒業後は大学の先生の紹介で緑化会社に務めましたが、働くうちに有機農業で本物の土づくりをして世の中を変えていきたいと思ったので、独立しました。その直後のアルバイト先で、会社の本棚を見たら学生時代に読んだパーマカルチャーの本があったんです。思わず「これ僕の好きな本なんです!」と言ったら、バイト先の社長の奥さんが、「それ私が訳した本なのよ」と(笑)。そこからパーマカルチャーにどんどん繋がっていきました。

――そうだったんですね! 何かご縁を感じますね。

モリウミアスが学びの循環の場に

――四井さんはモリウミアスのパーマカルチャーデザインを担当されたそうですが、自然の循環を学ぶための設備がモリウミアスにもたくさんありました。

僕がお手伝いしたのはパーマカルチャーの概念をスタッフのみなさんに伝えることと、設備もいくつか設計させてもらいました。石窯や、生活排水を自然浄化する「バイオジオフィルター」、うずまき状に設計することで、1つの花壇に陽当たりほかたくさんの環境条件をつくりだす「スパイラルハーブガーデン」などです。ダイニングに使われている雄勝石の蓄熱床もパーマカルチャーに基づいていて、日中は太陽の光で室内を暖め、夜は放熱して冷却する自然の暖房装置です。

――四井さんは、モリウミアスがこどもたちやその親御さんにとってどんな役割であってほしいと思いますか?

やっぱりまずは親御さんに、モリウミアスで経験したことを帰ってからもこどもにやらせてあげられるような親になってほしいと思います。都会やタワーマンションに住んでいたら自然とリンクしようがないし、何よりお父さん、お母さんがこどもにカッコいいところを見せられるチャンスが少ないと思うんです。いまこうして周りの自然を見ているだけでも、かなりの情報が目に入ってきて肌で感じることができるんだけど、都会は人間がつくったものしか存在しないので、情報としてはかなり単純化されてしまう。そういう意味では刺激が少なすぎるんですよね。

モリウミアスでの体験をきっかけに家族でこれからの暮らしについて話し合い、日常でも意識的に自然とリンクするような生活が実践されていく。モリウミアスがそうした一つのモデルケースになればいいですよね。そしてこどもたちがモリウミアスで学んだことを、将来自分のこどもたちに教えられるような循環がまたでき上がっていくと、すごくいいなと思います。

四井真治
信州大学農学部森林科学科にて農学研究科修士課程修了後、緑化会社にて営業・研究職に従事。その後長野での農業経営、有機肥料会社勤務を経て2001年に独立。土壌管理コンサルタント、パーマカルチャーデザインを主業務としたソイルデザインを立ち上げ、愛知万博のガーデンのデザインや長崎県五島列島の限界集落再生プロジェクト等に携わる。企業の技術顧問やNPO法人でのパーマカルチャー講師を務めながら、2007年に山梨県北杜市へ移住。八ヶ岳南麓の雑木林にあった一軒家を開墾・増改築し、人が暮らすことでその場の自然環境・生態系がより豊かになるパーマカルチャーデザインを自ら実践。日本文化の継承を取り入れた暮らしの仕組みを提案するパーマカルチャーデザイナーとして、国内外で活動。

文/開洋美 撮影/渡邉まり子