日系人の強制収容所の様子を演劇にしたブロードウェイミュージカル『アリージェンス』の演出に関わるなど、ニューヨーク・東京を拠点に演出家として活躍される渋谷真紀子さん。一度は企業に就職するも、夢だった演出家への道を切り拓くため一念発起してアメリカへ留学。大学院在学中より、こどもたちに演劇を通して生きる力を育むなど、“演劇×教育”をテーマとした「Theater Education」についても熱心に取り組まれています。2016年の夏には、モリウミアスでこどもたちを対象に即興劇のワークショップも行っていただきました。そんな渋谷さんに演劇がこどもにもたらす影響、演劇を通して伝えたいことなどを伺うと、「演劇」から社会をよりよくするヒントが見えました。

モリウミアスは「生きることの根源」を学べる場所

――渋谷さんは以前、モリウミアスでこどもたちと一緒に演劇を行うワークショップをされたそうですね。

2016年の夏に、「森と海と明日」というテーマで即興劇の創作ワークショップをさせていただきました。最初にみんなで歌を歌ってダンスをした後に、自分たちで音をつくろうということで裏の山に行き、枝や竹などを拾ってきてみんなでセッションをしたのですが、こどもたちのリズム感がとてもよかったのを覚えています。そして最後に海にまつわる即興劇を発表し合うというもので、漁師さんの話、スイカ割りの話など、こどもたちの発想がすごく自由で、こちらがそんなにディレクションをしなくても、みんなで考えて色々なことをやってくれました。3時間ほどの短い時間の中で、途中で雨が降るというハプニングはあったものの、最後までこどもたちのテンションも続いておもしろいワークショップでした。

――モリウミアスの印象はいかがでしたか?

様々な国のスタッフの方がいらっしゃいますし、お米や野菜など、自分たちが食べるものを自分たちで育て味わうって、こどもにとってはやっぱり非日常の体験だと思うんです。でも実はそれが、「生きることの根源」というところがすごく興味深いですよね。個人的に印象に残っている出来事は、タコです(笑)。ワークショップの下見に伺った際に獲れたてのタコを食べさせていただいたのですが、まだ活きていたので口の中で吸盤が吸い付いて、あれほど新鮮なタコを味わう機会はなかなかないので、貴重な体験をさせていただきました。

演劇は人と人を繋ぐもの

――そもそも渋谷さんが、演劇の演出を始められたきっかけは?

今考えると、ごっこ遊びの延長で小さな頃から自分で考えた物語を弟や妹にやってもらっていました。3歳から8歳までは、アメリカと香港で暮らしていたんです。海外でいじめられないかという不安もあった中で、歌やダンスを通じてみんなと仲良くなることが多かったので、日本に帰国してからも私が企画してダンスを踊ったり、当時流行ったドラマのワンシーンを再現するような遊びを友達とやっていました。というのも、海外の学校では総合芸術の一環として演劇の授業がありましたし、歴史を立体的に理解するために演劇を用いるなど、それなりに気合いの入った劇をクラスで行う機会も多かったのです。そうした流れから、日本の中学・高校では英語演劇部に所属しました。

――渋谷さんにとって演劇は、人と人を繋ぐ存在でもあったのですね。

そうですね。帰国後は自分を自由に表現する場所がないという窮屈さも感じていたので、得意な英語で自分を思いっきり出せる場所を見つけたいという思いもありました。どこかにアメリカで演劇をやりたい気持ちはずっとあって、学生時代にアメリカ留学した際、ブロードウェイのミュージカルを見て「こういう場所で働きたい!」と強く思いました。中・高で演劇をやっていた時も、自分の考えやビジョンが形になっていく方がおもしろかったので、やるならパフォーマーではなく演出だと。

――でも一旦は就職されて、8年間務めた後に本格的に演出家の道を目指されますが、ターニングポイントはなんだったのですか?

両親との約束もあり一度は博報堂に就職したのですが、体を壊す出来事があって、改めて色々考える時期が20代最後だったこと、憧れの仕事も一通り経験できたことなどのタイミングが重なり、やっぱり兼ねてからの夢だった演劇の道に進みたいと考えたんです。そこからボストンにあるエマーソンカレッジの大学院を受験して、演劇について2年間学びました。大学が運営する劇場でのアシスタントも経験して、現場とのつながりや人脈、様々なものを得ることができた2年間でした。演出の現場での論理的な思考、効率性、コミュニケーション能力、人の動かし方などは、博報堂で多くの人とプロジェクトを動かす中で培われたものなので、回り道したかなと考えた時期もありましたが、一度社会人を経験して演劇の世界に飛び込めたことは、結果としてとてもよかったです。

正解や点数のない演劇の魅力をこどもたちに伝える

――渋谷さんはエマーソン在学中に「Theater Education」の分野に重きを置き、こどもたちに演劇を教えたり、日本でもキッズミュージカルの演出補佐などを手がけられましたが、こどもたちが演劇に関わることでどんな影響がありますか?

演劇には「正解がない」ので、それがこどもたちにとって非常にいい経験になると考えています。学校にいると点数や勝ち負け、何らかの評価軸の中にいると思うのですが、「劇づくり」という勝ち負けのないものを一緒につくり上げることは、チームワークを学ぶ点でも大きな意味があると思います。演劇は一人ひとりの個性の掛け算と想像力で、人に感動を与えることもできます。つくり手も多種多様であっていいし、受け手も均一の評価軸があるわけではなく、いろんな受け止め方があって、全て正解です。それは演劇の醍醐味でもあると思うので、こどもたちと劇をつくる際にはできるだけ否定はせず、演劇のおもしろさや喜びをたくさん伝えるようにしています。

――先ほど「居場所づくり」のようなこともおっしゃっていました。

演劇はコミュニティ・ビルディングや自分の居場所が見つかるという効果も大いにあると思います。私がやっているのは子役養成ではなく、こどもたちがのびのびと自分の表現力や想像力を育てる場としての演劇なので、ほかの場所ではなかなか自分を出せなかった子が、演劇を通して少しずつ自分を出せるようになったというケースもたくさん見てきました。アメリカでは家庭環境が複雑なこどもたちを集めて、彼らの言葉を紡いだ演劇をつくるという授業を行ったこともあるのですが、「ここに来たら受け入れてもらえる」という場所が一つでもあることは、とても重要なことだと感じました。

――演劇を通してこどもたちに伝えたいことは?

演劇をやっていると、改めて「生きている」ということに敏感になるので、「正解や点数のないものにこそ人間らしさがある」ということを演劇を通して体感してほしいと思っています。ミュージカルや演劇は一人でつくることは不可能で、様々なコラボレーションによって一体感やホームが生まれます。こどもの頃からそうした体験を積むことで、他人を受け入れやすくなる、人と共生できる力を育めるようになるなど、演劇が少しでも平和や社会をよくするきっかけに繋れば嬉しいですね。

既存ではない新しい演劇の形を切り拓く

――2015年にはブロードウェイミュージカル『アリージェンス』で演出助手を手がけるなど活躍の場は多岐に渡りますが、一方で演劇の可能性を広げる新たな試みにもチャレンジされているそうですね。

私は「巻き込まれ型演劇」と呼んでいるのですが、客席と舞台を分ける通常の鑑賞型ではなく、観客が自分の足で歩き回ってパフォーマンスを体感できる「イマーシブシアター」という方法を用いた演劇を、この夏に渋谷の「100BANCH」で実験的に行いました。北京とニューヨークで「Sleep No More」のリエイティブチームが手がけるイマーシブシアターの演出助手を経験させていただき、東京でもできたらいいなと思っていたところ、友人と意気投合し、一からつくり上げることができました。ギリシャ神話と日本神話をモチーフに脚本を考えたのですが、この100BANCHが“未来実験区”という場所だったこともあり、古い神話を用いて私たちの未来に繋がるような体感劇をつくれたら、と考えたのです。同じものを見聞きしても、「自分だけの物語が生まれる体験」ができるのが、イマーシブシアターの魅力でもあります。

――今後、渋谷さんが演劇を通して目指されていることは?

1つは居場所づくりということも含めて、演劇を通してたくさんの人の想像力と発想力が尊重され、活かされる場をつくっていきたいということです。もう1つは、人と繋がり、どんな風に重なっていくかで生き方の充実度は変わってくると思うんです。それは作品をつくる側の私たちと、作品に出会ってくださる皆さんとの間にもいえることなので、鑑賞型ではないイマーシブシアターのような舞台芸術を、今後もっと広げていければ。個人的にはミュージカルが大好きなので、「ミュージカルはこうじゃなきゃ!」と感じてもらえるような、ミュージカルと「巻き込まれ型」の掛け算を目指していきたいです。

渋谷真紀子
全米演出家振付家準会員。慶応義塾大学卒業後、株式会社博報堂勤務。退社後、ボストン・エマーソン大学院演劇科修士取得。ブロードウェイ「アリージェンス」演出家奨学生。ブロードウェイ「ウェイトレス」や、リンカーンセンター「秘密の花園」に携わり「イマーシブシアター ピーターパン」NYワークショップ公演、北京公演の演出助手。Luna-Hana Cosmopolitan Theatre Company創設、「KAGUYA」作・演出。NYの公園を舞台にしたショートフィルム「Luv Connected?!」企画・演出。東京では、作・演出ミュージカル「KAGUYA-織り成す竹取物語-」を、巻き込まれ型演出で上演したほか、渋谷100BANCHにてイマーシブシアター実験公演「ほどけた時の糸」を企画・作・演出。第52回東京学生英語劇連盟(MPモデルプロダクション)「THE WIZ」演出。ミュージカルライブ「星の王子さま」共同演出、プラネタリウムミュージカル「惑星ファンタジー」演出、ストリートミュージカル演出予定。

会場提供:100BANCH
文/開洋美 撮影/渡邉まり子