東日本大震災で雄勝地区にあった小・中学校が統合し、2017年に小中併設校として開校した石巻市立雄勝小学校・雄勝中学校。現在雄勝小学校の教諭であり、教務主任・地域連携担当を務める本川良さんは、モリウミアスと協働で実施する総合学習の取りまとめなども行っています。長年石巻で教員をされてきた本川先生の目には、雄勝の自然環境や、こどもたちを取り巻く今の教育環境、未来はどのように映っているのか。こどもたちが賑やかに走り回る夏休み直前のモリウミアスで、じっくりとお話を伺いました。

「楽しむ」なかで学んでいくこと

――本川先生はモリウミアスと連携して雄勝小・中学校のこどもたちへ総合学習プログラムを展開されているそうですが、どんなことをされているのですか?

今年度は雄勝の自然に触れる地区探検から始まり、最近実施したのは「釣り」です。こどもたちに「雄勝のフィールドでどんなことをしたい?」と聞くと釣りが希望に上がったので、計画段階からモリウミアスのスタッフの方に協力していただき、一緒に釣りに行き、釣った魚を調理して食べるところまで体験させてもらいました。学校は制約も多く、釣りはできても釣った魚を食べるところまでは実践できないことが多いのです。モリウミアスの力をお借りすることで体験の幅が広がるだけでなく、体験の質もぐっと高まることをこどもたちの姿から感じています。

――そうした活動のなかからこどもたちには何を感じ取ってほしいですか?

大人は「命の大切さ」や「循環」を学び取ってほしいと期待してしまいますが、私は無理に誘導する必要はなく、こどもたちが「楽しい」と思う気持ちを一番大事にしたいと考えています。とにかく楽しく活動できればそこに必ず学びはありますから、あとあと「あれってこういうことだったのかな?」と気付く時がきっとくるはずです。魚を釣ることは漁業という意味で社会科に繋がりますし、その先の命を大切にいただくという行為は、道徳とも繋がってきます。「社会」や「理科」などカテゴリを分けると別個になってしまいますが、物事は決してそれだけで完結することはありません。教科の枠組みを飛び越えて繋がりを見付けていくって、結構おもしろいですよ。

私はある意味、学校は「楽しければいい」と思っています。ただ、与えられる楽しさは結局飽きてしまいますから、何かを自分でやる、自分で決める、それができれば辛いことや大変な経験も、「楽しさ」に変わってくると思うのです。

――モリウミアスもまさにこどもが主体的に何かをやる、そんな環境だと思いますが、先生から見たモリウミアスはこどもにとってどんな存在ですか?

「身近にいる素敵な大人」でしょうか。とにかくこどもたちには、地域の人や親も含めて、いい大人にたくさん出会ってほしいのです。学校の先生だけが勉強を教えるわけではありません。いろんな大人の仕事ぶりや思い、考えに触れて、そのなかから自分のアンテナが反応したもので、何かスタートを切ってほしいと思っています。

――そう考えると、学ぶ対象が山ほどある雄勝の環境って贅沢ですね。

そうですね。この狭い雄勝のエリアに海や山、川などの自然環境はもちろん、震災前は商店街や公民館、交番、消防署もあって、何百年も続く法印神楽の伝統文化もいまだに息づいています。コンパクトななかにあらゆる素材が詰まったこの環境が、雄勝の財産です。何もしなければ、雄勝はこどもにとって単なる「田舎」かもしれません。しかし、雄勝の人・もの・ことにたっぷり触れ、味わう体験を積み、思い出をつくれたとしたらどうでしょう? お金で買えないものがここにはある・あったと思えるのではないでしょうか。こどもたちには、ここで雄勝の「思い出」をたくさんつくってほしいのです。

震災以降、こどもの数は減りました。だからこそ、こどもと地域をどう繋げていくかは重要なことだと感じていますし、そのためには地域の方々のサポートや、自然のなかでの体験が必要不可欠です。最近よく使われる言葉でいえば「協働教育」ですが、こどもたちが「幸せなこども時代だった」と将来思えるように、学校を中心に、地域の大人や自然とずっと接点を持ちつつ大きくなってほしいと思っています。そうして大人になった彼らが、また同じように雄勝やこどもたちのことを気にかけてくれれば嬉しいですね。

こどもに任せることで、こども同士での「協働」を促す

――本川先生が「協働教育」を重視する理由は、震災がベースにあるのですか?

震災ではないのですが、私が二俣小学校に勤務していたある日、テストの解き直しで、勉強の苦手な生徒がほかの生徒の答えをこっそり書き写しているのを見たんです。浅はかだった私は、「そんな直し方をしているからできるようにならないんだよ」と叱ってしまい、その子は机に突っ伏して20分間泣き続けました。よく考えれば分からないからそうせざるを得なかったわけで、そんな状況をつくったのは私なんですよね。

そんな時、上越教育大学の西川純教授が提唱する『学び合い』(二重括弧の学び合い)という考え方に出会い、「ヒントはこれかも」と思いました。それまで学校の授業は、先生が黒板の前に立って生徒に説明するのが一般的でした。一方で『学び合い』は、例えば「今日は25ページをみんなが解けるようにすることです。さあどうぞ」という風に投げちゃう。一言でいえば、「こども同士で学び合う」スタンスのことなのですが、その代わり一人も置いていかず、全員が解けるように助け合ってもらうんです。先生がやることはその場のホールドと、『学び合い』の必要性を伝え続けること。

――「先生が教えない授業」なんですね。

コミュニケーションを取りながら助け合うことを、授業で練習するイメージです。他者とのコミュニケーションを圧倒的に増やし、自分も人の力になれる、同時に他者から力を借りることも必要だと学ぶことで、その方が楽しいし、互いにとっていいという経験をなるべく積んでほしいと思っています。だから私のクラスは、朝の会も「サークルタイム」といって、こどもたち同士のおしゃべりから始めていました。学芸会の太鼓練習でも私が指揮をとるのではなく、「いつまでにこのレベルまでできるようにしてね」と伝えると、こどもたちで練習を始めます。授業についても、必要な時や必要な生徒には私が声がけすることもありますが、あくまでゴールを示すだけで、コントローラーを握るのはこどもたちです。

全員ができるようになるためにみんなでやる。勉強ももちろんですが、もっと拡大して、例えば「いじめのないクラスにしよう」と全員が本気で目指せば、いじめのないクラスができるんです。『学び合い』の様子を見ていると、互いに繋がりながら協働していくことの大切さがよくわかります。2016年に大須小(2017年に旧雄勝小と統合し新雄勝小に)に赴任後は、教務主任という立場になり学級を受け持つ形ではなくなりましたが、今度は大人の会議を変えようという意気込みで、あの教室の感じを職員室のなかでも出せたらと実践中です。

枠組みを超えて有機的に結び付く

――そんなこどもたちの未来をより良いものにするために、本川先生は何が大切だと考えますか?

学校や地域、それぞれの枠はあっても、その強みを活かして互いにサポートし合い、困っている人がいれば声をかける、困っていることがあれば声を出せる社会にすることではないでしょうか。できることとできないことは、大人とこどもでも1年生と6年生でも差はありますが、持続可能性って自然界でいう生物多様性みたいなもので、いろんな種がいるからこそ持続していて、それは学校や地域も同じです。そのなかでこどもたちが地域のパートナーとして対等に扱ってもらえる環境があれば、どの子も必ず輝ける場が出てくるはずです。広い視野で物事を見て、「それぞれの持ち味のなかでできることをやろう!」そんな風に明るく前向きなマインドでこどもたちに接してくれる大人が、増えるといいなと思います。

――この先、10年後や20年後の学校やこどもたちに対して思うことは。

学校に関していえば象徴的な出来事があって、無気力で不登校気味だった中高生が、震災後の避難生活の時は学校に来たそうです。いろいろなことを手伝って頼りにされたのですが、学校が通常に戻るにしたがって、また去っていくという。それは、今の学校のあり方がどこかおかしいのだと思います。

親も教員もこどもも3.11の時に何を思ったかといえば、「生きていることが一番大事」「生きて学校に来てみんなで学べることが一番大事」ということです。そう思えた共通の体験て、絶対に忘れてはいけないんです。だからこそ、「そもそも学校って、こどもにとってどんな場所だったらいいのかな?」と、今一度立ち止まって考えたいです。最初に「楽しければいい」と言いましたが、全員がそこそこ楽しめる環境って、大事だと思うのです。100%を求めるとひずみが出てしまうので、「学校って嫌なことも面倒なこともあるけど楽しいよね」がおそらく持続可能なライン。

できる・できない、上手・下手。学校が「評価」という他者からのジャッジの場になってしまっては残念です。ただ、そこに豊かな対話、双方向のコミュニケーションがきちんとあれば、「評価」も成長するためのチャンスになります。こどもたちの未来はまだまだこれから。得意なことや苦手なこと、いろいろあってOK。それは誰しも同じことです。今好きなこと、やってみたいことに一生懸命夢中になって、そのなかで多くの友達や大人とかかわり、話をしてほしいですね。そして、「ああ、自分てまだまだなところもあるけど、なかなかいい感じだよね。前に進んでいけるね」。そう感じてほしいと思っています。そうした経験を積みながら、10年後、20年後、自分も周りのみんなも、ともに幸せに暮らせるコミュニティをつくる、つくろうとするメンバーになっていてほしい。だからこそ、今の学校生活が大切なのです。

本川良(もとかわ りょう)
東京都出身。「教員になるなら自然あふれる地で」と希望し、縁あって宮城県の小学校教諭に。石巻市立谷川小学校、女川町立女川第一小学校(現・女川小学校)、石巻市立旧雄勝小学校、石巻市立二俣小学校の教諭を経て、現在、石巻市立雄勝小学校教諭。教務主任・地域連携担当。ホワイトボード・ミーティング®︎アドバンス認定講師、日本イエナプラン教育協会会員なども務める。2016年に「教室『学び合い』フォーラム」を宮城県東松島市で開催。2017年には白石市で、2018年11月には女川町で開催予定。雄勝小・中学校の方針である「地域とともにある学校」の具現化に向けて、日日の仕事に取り組む。